けん盤配列スレッドメモ。

 まずは飛鳥スレッド経由で。
 うーむ……私の動画云々に関しては、もともと「反省するところばかり」なので、そのご意見に対してどう応えていくべきかを考えていきたいところです。
 テキスト打鍵動画の「印象」は、書いている文によってもたらさせるもたらされる部分がとても大きいはずなので、「何を書くか」というところを工夫するべきなのかもしれないですね。
 「運指の不自然さ」という点についてはちょっと「?」なので、それが確かであれば詳しく「不自然さ」についてのご指摘をいただきたいところです。ホームポジション詰め込み型の配列で「運指云々」の話が出るというのは少し不思議なので、以前ぎっちょんさんがご指摘されていたように「右手小指でBackspaceを押している」ところなど、鍵盤配列の外側に関する話なのかも?
 私自身がやっている運指法がおかしいのかなぁ……。


 それと……下駄配列を、【配列】としてではなく、ネガティブキャンペーンのための【道具】として使ってしまう方がいる現状は、さすがに悲しすぎます。
 ネガキャンの醜さにはすでに何度となくうんざりとさせられてきましたし、最近も(けん盤配列系ではない)Blogで「○○入力が一番!ほかの配列は駄目でしょ」という類のネガキャンを見たばかりなのですが、この手の手法が普及に一役を買うようには思えないのです。
 「ネガキャンという行為」は「(それ自体は意思を持たない)入力法に依存する問題」ではなくて「(ネガキャンしたいという意思を持っている)人に依存する問題」なのですが、(けん盤配列に対して詳しくない)たいていの方はその2つを分離して考えたりはしないので、その被害をこうむって、まったく関係のない「(それ自体は意思を持たない)入力法に依存する問題」とみなされてしまい、(ネガキャンしている方が良いと支持しているはずの)言及された鍵盤配列自体の印象を悪くしてしまいがちです。
 「そんなことはない!ネガキャンは有効な作戦だ!」とお考えの方がいらっしゃるのであれば……比較的標的になりやすい「Qwertyローマ字入力・JISかな入力・親指シフト(NICOLA)」の中からどれか「自身にとってそれなりには使いやすいと感じた入力法」を選んで、それに関連するネガキャンを張っているページを探してみることをお勧めします。
 おそらくは「使いこなしてもいない入力法に対して何言ってるんだw」という感じのページにぶち当たる可能性のほうがはるかに高く、「数ヶ月〜数年使ったうえで、不満だった部分を冷静に評価している」ようなページに出会う可能性は少ないはずです。
 その配列に対する否定的な評価というのは、「その配列を使っている人自身&その配列を使ってきた人自身が発することで、始めて有用な指摘と化し、導入を試みる人に対する注意喚起となる」のではないかな……と、いまはそう考えています。
 ネガキャンは狙った効果と逆の印象を植えつけてしまう……ということを利用して【絶対に普及させたくない入力法があるなら、その入力法が優位であるかのように、まるでその配列を利用しているかのように見せかけつつ、徹底的にしつこく言及するネガティブキャンペーンを展開する】ことが有効なのかもしれません。ただし、この手のようにネガキャンを逆利用しようとしても、ネガキャンを逆利用しようとする方がその配列について熟知していないとなれば【実際にそれを使って満足している方から「それは偽のネガキャンだ」と指摘されてしまうことは確実】なので、理論上は可能でも現実的には実行不可能……という、そういう状態になるはずです。
 結局、どういうシーンであれ、ネガキャン(とネガキャン逆利用)は有効な宣伝手段にはなりえないと思います。

たとえば。

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 勝間さんのこのあたりの書籍では「親指シフトはいいよ〜」という話が出ている……のですが、(特に3冊目においては重点的に)ほかの入力法についての話題を紹介してみたり、ローマ字入力のまま訓練しても良いという話が出ていたりして、ネガティブキャンペーンにならない&ネガティブキャンペーンに利用されないように工夫されています*1
 この効果は面白いもので、【この本に絡めて親指シフトに対するネガティブキャンペーンを張ることを、とても困難なものにしている】という、興味深い仕掛けになっています。
 特に、人からこの本の話だけを聞いて「原典を読まずに」ネガキャンを張ると、本書で勝間さんが「それでもいいんだよ」と肯定しているということを知ることができずに、ネガキャンを実施する方が「勝間さんはネガキャンをしているが、そんなのはウソだ!」と誤って書いてしまい、原典を読んでいないことが誰の目にも明らかになってしまう……という、そんな奇妙な記事が出来上がることになります。
 ネガキャンをほんとにやるなら、「自分が気に入って使っている&よく知って使っているものを否定する方向に対して」しか実行できない……のですが、そういうことをやる意味はたぶんないだけに、結局ネガキャン自体の意味や有効性はないのだと思います。

2008年3月3日0:12:03追記。

 けん盤配列系についてよくご存知の方にとっては、もっともピンと来やすい「意味のないネガキャンになっていた例」といえば、たぶん「新JISかな(JISX6004)×親指シフト(NICOLA)」に関して、親指シフターさんがやったネガキャンだろうなぁ……と。
 この例の場合、新JISかな(JISX6004)を否定する理由があるのは「(親指シフトのJIS化を阻止されたことについて一言あるような)一部の親指シフターさんだけ」という特殊な事情があるので、親指シフターさんのページのみを探せば、一通りのネガキャンをつかめると思います。


 この例ですと、新JISの利用経験がある方&新JISのコンセプトや配字指針を基にして生まれたけん盤配列をお使いの方だけではなく、「けん盤配列についてよく調べたことがあるなら誰でも」新JISに対して行われたネガキャンの中身が「新JISを否定する方法がメチャクチャでお話にならない」「親指シフトのよさを記述者自身がまともに理解していない様に見える」という感想にいたるのではないかと思います。
 使ってもいないけん盤配列に対してネガキャンを張ることが、どれだけ無意味かつ危険なものであるか……ということを知るためには、かなり良い教材であり、反面教師としてみるべきところがあると思います。


 ネガキャンによって「言及対象となった配列に対してよいイメージを伝えられる」と思い込むことには、大きな危険と望まざる結果を生む可能性があると考えています。
 そして「今の時代に」ネガキャンをやると、本人からすれば「きちんと宣伝している」様に見えても、本人以外の方からは「ワープロ時代のネガキャンを繰り返してるだけ」と見られてしまう危険性があります。
 ……ネットが普及する前であれば、まだネガキャンはなんとかその意味を成していたのかもしれません。でも、今となっては逆効果を生むだけなのではないかな……と。


 その実験をするためにネガキャンをされるのであれば、ネガキャンをしてみたいと思う本人以外の誰にも迷惑がかからないように「ネガキャン実験用に作った専用の私製配列」を用いて、それを題材にネガキャンをしてみるしかないのではないか、と思います。
 せっかく軌道に乗り始めたらしき下駄配列が、「ネガキャンの加害者扱い」されてしまうというのは非常に困りますので、キャンペーンの方法については再検討をお願いしたいところです。

*1:一冊目のときに http://d.hatena.ne.jp/maple_magician/20070504/1178215602#c でお返事をいただいたことがあって、それが今でも記憶に残っています。実際、1冊目よりも後続の書籍のほうが「目的と手段の分離」が進んでいて、それを読んで思わず納得してしまいましたし。