親指シフトは誰のため?

 …というかこれって「OASYSは誰のため?」なのかもしれませんな。


 個人的には「日本語を指でしゃべるキーボード」というキャッチコピーはまるでぴんとこないのですが(しゃべるように早い、という意味に聞こえてしまって、どうしても妙な語感に感じるのだと思う)、「OASYS」というもじり…「OA-SYSTEM(事務機)にもOASIS(安らぎ場所)を」という言葉はぴんと来るものがあります。


 で、その「安らぎ」はどこにあるべきか、という話になると、どうしてもはずせないのが「オアシスのホームページ(神田さんのページ)」。
 この方の技術が発揮される先は、ほかの方とは少々違っています。カナ漢字が持つ可読性の良さを、事務機の世界に真っ先に次々と持ち込んでいきました。
 「日本語処理JEFの歴史」から、JEF誕生当時の新聞を見ることができます。コンピュータには当時疎かったであろう(でも世間の目を先取りすることにかけては得意な)新聞記者の目に、その技術は確実に伝わっていたようです。
 「JEFのカタログ」については、1〜6ページのみを見てください…それ以降は現在見ても仕方がないのですが、先頭6ページのみを見るだけでも、当時の事務処理機器に関する状況を変えようとする気迫すら感じる内容になっています。
 「JEFの概念説明書」は、1章〜4章…少なくとも2章(日本語の特異性)と4章(漢字非表示がバリアとなっている)はご覧下さい。これらの概念は、本来の処理には全く必要のないことであるにもかかわらず、ユーザーサイドではどうしても必要となる「アクセサリとしての日本語」という立場で、日本語処理の必要性を説いています。もともと「カナだけで良いじゃん」という形で認識されていた時代ですから、まずはここから説明しなければ導入してもらえないかもしれない…という背景があったであろう事が容易に想像できます(今となっては信じられない世界ですが、かつてはこれが当たり前でしたから…)。
 「JEF の宣伝パンフレット「日本語のこころ」」は…残念ながら少々解像度が足りず、具体的にどこを読むか…というよりも、雰囲気を見ていただくのが良いかと思います。


 もっとも、このページ群でもっとも特徴的な内容は「雑誌bitに載せた論文」の6頁目でして。【(親指シフトでの)入力速度は60字/分程度、筆記の倍速が出るので十分実用的。プロならばこの3倍に達する。】という技術的な側面はさることながら、【自分専用のワープロを持てるとうれしい】とか【(選任の人がタイプしていたこれまでとは違って)OASYSは誰もがタイプしている】という点も興味深いです。
 うーん、この「日本語を指でしゃべるキーボード」というキャッチコピーは少々誇張きみだったのではないでしょうか。もしかすると、ほんの少し控えめに「日本語を指で綴るキーボード*1」とすれば、誰もが「OASYS」の名と共にぴんと来るものになったのではないか…と、(私は何の関係もないはずなのに)少々惜しいと感じてしまうあたりが不思議です。


 私は旧JISから始めたので、ワープロで打鍵すること自体を楽しいとはあまり思えなかったんですよね…。筆記よりもずっと早く打てる・筆記と違って可読性が常に確保されているという事実自体には魅力を感じたから、確かに便利ではあったのですが…旧JISには「ホームポジションがない、何となく打鍵していて居心地が良くない」というイメージがずっと付きまとっていて、その後Qwertyローマ字に転向した後には「もう戻れないだろうな…」と、何となく感じていました。


 こういう時代背景からして、NICOLAが採用した「清音の逆手シフトは濁音」というシステムは「妥協」ではなく「必然」だったのではないか、という気がします。
 せっかく日本語を扱いやすくしよう…しかも「見た目と打鍵感を一致させつつ、当時の上記にもマッチングさせなければならない」となると、清濁不一致の打鍵方法を採用することは「そもそもあり得ない話」だったのかもしれません。
 当時開発部隊の方々が「本当はどう思っていたのか」という点にまでは言及しようがありませんが、日本語処理と日本語入力をほぼ同時期に立ち上げ始めたという時代では、冒険よりも確実性・取っつきやすさが優先されてしかるべきだと思いますから。


 私にとってのNICOLAは「打てればいいなと願っていたが、結局は慣れることができなかった」配列でした。
 その理由は、かつて移行記録に書いたつもりではいるのですが、果たしてそれだけだったのか・本当にそうだったのだろうか、という点については、未だに分析し切れていなかったりもします。


 さて、親指シフトは…一体誰のためにあるのでしょうか。
 今親指シフトで打っている人のためにある…それは確かに当然ですが、それだけではないはずですよね。
 この答えを見つけることが、親指シフト系配列の「新たな活路」を見いだすために必要なのではないでしょうか。
 …もちろん、キーワードは「OA-SYSTEM(事務機)にもOASIS(安らぎ場所)を」に集約されるはずです。
 まずは事務効率の向上…「【誰でも】それなりの打鍵速度で打てる」という点を、本気でパワープッシュするべき時なのかもしれません。
 #酔って言っているわけでも、ましてや冗談で言っているわけでもありません。


 まぁ、NICOLAではダメだった人のためにも飛鳥を選択肢に加えていて欲しいな…というのが心の内だったりもするのですが。
 とにもかくにも、これは親指シフト系配列に向くキーボードが普及しないことにはどうしようもありませんので、なにか良いきっかけはないだろうか…と、あるはずもない当てを探している今日この頃です。
 現状では、事務効率向上を目指すムーヴメントは確かに進行し始めているのですが、現状ではまだまだ入力環境にまでは手が出ていない状況です。面倒なことは後回しになりますから、まだまだ時間は掛かってしまうかもしれません。
 しかもローマ字入力とカナ入力が混在している現状においては「さらに親指も足すのか?」という問題が発生する可能性もありますが…立ち入る隙がないわけではありませんので。

*1:あっ、飛鳥で使いませんか?「日本語を指で綴る配列」…速度的な面での誤解も生じないし、飛鳥の打鍵感は「しゃべる」よりも「綴る」のほうが、情緒があって宜しいのではないかと思うのですが。