(メモ)インターフェースが変えられない理由は、「それが変わらないことを、多くの人が期待してるから」である。インターフェースを変えたければ、「人に接する面を個別化(個人専用化)」すればいい……ただそれだけの話。

 ……えーと、似非期間を含めると10年くらい「自称配列屋」をやっていたというのに、この当たり前のことが「配列以外にも*1使える」とゆーことに、今までまるで気づいてませんでした。
 ……まるでだめじゃんorz。


 「カイゼン」にたいして拒絶反応が起きるのは、「そこにそのインターフェースが丸ごとあリ続けることを、期待する人の割合が多い」コトに起因してる。
 ……でも、これって「そこにそのインターフェースが丸ごとあリ続けることが、絶対条件」ってわけじゃない。
 多くの人に対しては「普通のインターフェース」を提供しつつ、そのインターフェースの向こう側だけを「エミュレータ」なり「コンバータ」なりで変換しちゃえばいいだけ。
 違うレイヤーに関与する必要がなければ「自分の五感でアクセスする面のインターフェースが、すこし使いやすくなれば、(反対側のインターフェースがどーなっているかを全く感知する必要なしに)それはよくなったと感じる」のが普通の人……だから、利害関係がぶつかっちゃうようなところは「さっさとDMZを設定して、DMZを超えるためのインターフェースだけを双方に使いやすいように作る」だけでいい……と。
 DMZから向こう側のことは「インターフェース」で吸収させて、DMZからこちら側だけを「自分自身にとってよりよくなるようにカイゼンしていく」ようにすれば、「お互いに」きちんと片が付く、と。


 ……てゆーか、こんなことソッコーで気づけよ!>10年前の俺。
 #「誰かのためのカイゼン」が「他の誰かのためのカイゼン」を邪魔しないように、うまいことインターフェース設計をしなきゃいけない……と、そこが一番大変なところなのかも。ま、インターフェースじゃなくて「エミュレータ」でも「コンバータ」でも「コーデック」でも「トランスレータ」でも「キー入力入れ替えソフト(!)」でも、その役に立ってさえくれれば、なんだっていいのだけれど。

*1:あるいは「目の前で、今まさに起きようとしている、すべてのことがらのために」と言い換えられる、と。