【思考実験】日本語入力法に関するアンチエージング……「打鍵年齢」は否応なく進むけれど、エコロジーな入力法に移行しておけば「入力年齢」の進み具合を「20年分」若く保つことが出来る。

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 以下のことは、ここ18年間で「自らに起こったこと」の観察結果を基にして、『おそらくは、こうなのではないか』という推測をたてて書きました。
 しかしながら、私はまだ30代に突入したばかりなので、ここで書いていることが「私にとって将来起こりうる」コトなのかどうかを、把握できずに居ます*1


 ……そこで、40代以上(特に50代以上)の方であって、それも「非拡張ローマ字入力を10年以上かつ現在も使い続けていて、なおかつ高効率な入力法も10年以上使いこなしていらっしゃる方」に、お願いがあります。
 以下の話について、「あなた自身が、加齢とともに経験してきた事実」と、本当に合致するのだろうか?ということについて、率直なご感想をお聞かせください。


 もしかすると、入力速度論争に関する「建設的な議論」を成立させるために必要な基礎って、以下のような「加齢と入力速度、加齢と打鍵速度の関係」と、密接な関わり合いがあるのかもしれません……これが「入力速度に関する謎」を解くために役立ち、かつ「意味のある議論を行う」助けになるのならば、私にとってこれ以上うれしいことはないと考えています。


 1980年頃から広まり始めた「実用的な漢字かな交じり文入力環境」の世界が、今年で30歳になろうとしています……普及初期には解らなかったことも、今になって思えば解るのかも、という期待を込めて、この記事を書きました。
 ここ30年の議論が、本当にこういうふうに集約されるものなのだろうか?という思考実験として、役に立ってくれるといいなぁ……と、個人的にはそう期待しているところです。


 日本語入力を「速度」という視点で語ろうとすると、私は4つのパラメータが存在すると考えています。

  • 制限速度としての「運指律速」──思考に制限されることなく、反射神経をフル活用して出すことが出来る、操作者自身にとっての最大打鍵速度*2。経年劣化の影響を大きく受ける。
  • 制限速度としての「内語律速」──打鍵用文字列として使える程度にまで整理された思考である「内語」について、操作者自身にとっての最大速度。経年劣化の影響をあまり受けない。
  • 変換係数としての「かな入力速度」──「運指律速」を「各入力法の打鍵効率」で割ったもの。ただし、原稿を用いずに「内語を打鍵列へとリアルタイム変換」しているときには、「内語律速」の制限を同時に受け、どちらか低いほうの速度が「かな入力速度」となる。
  • 変換係数としての「かな漢字交じり入力速度」──制限後の「かな入力速度」について、これを「半分の2割引」としたもの。


 「内語律速」が十分に速ければ、「運指律速」に単純比例する入力速度が得られます……が、ふつうの人は「喋る」ときに、【えー】とか【あのー】とか言いながら「内語律速の遅れによる発音停止をつないでる」コトからも解るように、一般的には「会話速度」よりも「整理された内語」の方が遅いものです。
 私たちは「内語律速」が遅いために、たとえば「スムーズに喋るために、原稿を用意する」とか、「考えずに打てる競技タイピングorコピータイピングを通じて、運指律速が内語律速よりもずっと速いことを知る」わけで。
 こういったことを考慮すると、「若いときには効率の良い入力法に付いて関心を持つだけの動機がなく、老いてから始めて気づく」のではないか……と、そう感じました。
 年齢を経てきた方と会話すると、時折「同じことを繰り返し言っている」時はある……ものの、会話速度に対する「内語律速」の遅れはそう開かないようで、「内語律速」については「普遍ではないものの、『運指律速』の劣化度よりは遥かに緩やかな進行しかしない」のではないかと考えています。


 ……と、こういったことを、ざっくりとグラフ化してみました。もちろん人によって「絶対値」や「劣化速度」は異なると思いますので、高さや傾きについては参考程度に捉えてください。
 ちなみにこのグラフは、グラフとしての傾向を捉えやすくするために、「運指律速が私よりも少し速く、内語律速が私よりも少し遅い」人をモデルとして考えてみました……私は30歳なのでそれ以降は予測線を引くことしかできず、30歳以降の線については「20歳→30歳」の変移線をそのまま延長しています。

 以前書いたことと重なるのですが、このグラフでは「計算上の入力効率」ではなくて、「(仮に想定するところの)実質入力効率」が1.3打鍵/かな前後*3の入力法を「高効率の入力法」と想定しています。「非標準ローマ字入力の効率を、やわらか表現の自由文換算で1.73打鍵/かな」としたときの「計算上の入力効率」が1.3打鍵/かなより良くても、結局はそれらを相殺する他の(記憶負担やシフト負担、押下力負担などの)負担が絡んでくるので、このグラフよりも大きな差が開くことは、通常はありえないだろうと考えています。


 こうしてグラフに描いてみると、印象から解ることが2つあります。

  • 若者ほど「効率がよくても、速さとして捉えられない(楽さとして捉えたがる)」傾向があるが、これは運指律速が速くても「内語律速」の影響によって速度規制を受けていることが原因なので、「その人にとっては」効率が速さを生まない、ということが事実足りえる。
  • 老いるほど「効率がよければ、速さとして捉えようとする」傾向があるが、これは内語律速よりも「運指律速の低下」の影響を強く受ける年代になってきたことが原因なので、「その人にとっては」効率が速さを生む、ということが事実足りえる。

 「効率が速さを生むか否か」ってゆー点について、延々と多くの方とやりあった経験がある……のだけれど、そこでかみ合わなかった理由のうちいくつかは、こういった「年齢の差」によって生まれていただけなのかも……とか考えてみたり。


 ちなみにこのグラフで、実用速度線(漢字かな交じりで60文字/分)を割り込むポイントが「30代中盤」と「50代中盤」のところにある……のですが、この年齢差は【運指律速が落ちていく度合い】に応じて変化しうるものです。
 グラフでは「10年ごとに15%ずつ、運指律速が落ちる」曲線を描いたために、約20歳分の差が生まれています……が、運指律速の効果パラメータを弄ってみると

  • 運指律速の低下具合が、「10年ごとに25%ずつ」と急激な場合、パターンはそれぞれ「30歳」と「40歳」で実用速度線を割り込み、年齢差は10歳となる。
  • 運指律速の低下具合が、「10年ごとに10%ずつ」と緩慢な場合、パターンはそれぞれ「35歳」と「70歳」で実用速度線を割り込み、年齢差は35歳となる。

という風になります。
 人によって「入力効率の差による、実用速度線を割り込む年代」は異なってくるはず、と考えられます。


 「その人にとって高効率な日本語入力法」が、「どのシステムでも自由に使える」時代が、早く来て欲しいですね……そういう環境の実現によって、「入力年齢」のアンチエイジングが可能になるのではないか、と考えています。
 若いうちはパワーとスピードでがっついてもいい……んですけど、その時代を過ぎた後には「手技によって補完する」ってゆーのが、人間として自然な姿なんじゃないかと思います。

*1:この世に「ドラえもんの道具ばりに使える、タイムマシン」があるなら、いろんな年代の「自分自身」にヒアリングして歩ける……んでしょうけれど、そーゆーことはもちろんできないので、ここは「私が想定する境遇について、実際に長期間それで過ごしてきた先賢の皆様」のご意見を伺うことによって、一番近い答えが得られるだろう……と期待しているところです。

*2:運指律速には、大きく分けて「縮こまる方向の速度」と「それ以外の速度」とに分けることが出来ると考えられます……というのも、動物は危険回避機能として「縮まる方向の速度」を特別にすばやく行える性質があり、運指で言うと「上段→中段」「中段→下段」といった動作プロセスほど高速に行えると考えられます。こういった「動物としての性質」と「日本語の性質」とを上手く活用する入力法は、そうではない入力法よりも「体感上の運指律速を有効に活用できる」はずです。ここでは【高効率な入力法=動物としての性質&日本語の性質を、上手く配列へと変換することに成功した入力法】と想定しています……たとえば、約10名の女子大生による300万打鍵超の評価打鍵が生き生きと表現された「新JISかな入力法(JIS X6004)」や、あるいは約10年の評価打鍵を経て作られた「飛鳥カナ配列」などでは、下段の使い方に「動物としての危険回避機能を上手く生かそうという意図」が感じ取れますので、実配列をよく見て、いろいろと考えてみると面白いと思います。

*3:たとえば、計算上の入力効率が1.0打鍵/かなの「親指シフト(NICOLA)」とか、同1.2打鍵/かなの「新JISかな入力(JIS X6004)」とかが、実質入力効率で1.25〜1.35打鍵/かなあたりの領域にあるのではないか、と考えています。