かえで式を50音順にした本当の理由。

 なんとなくまとめてみます。

行の並びについて

 これはketttさんの記事を拝見して決心しました。
 それまでは延々と「いや、行ぐらいは頻度順に……」などと考えていたのですが、結局は「KISSの原則」にしたがって「単純なままにする」のが一番よさそうなので……という感じで。
 それと、「列の並び」の決定過程で感じたこととも符合しているので、ここから順序を再びいじることは多分ないだろうな……と。

列の並びについて

 行の並びよりも早い段階から50音順にしていましたが、ここも頻度順・打ち易い順でやるかどうかで微妙に迷っていました。
 でも、結局は50音順へと変えることにしました。
 最終的に「これが一番よさそうだ」と確信した理由には「増田式ローマ字練習」が絡んでいます。
 同方式では「あ」行を練習せず、ほかの行については打ちやすい順に練習するのですが、この「特殊な練習順序」が、どうにも私の頭に入らなかったんですね。
 本を閉じて練習しようとすると、

 ええと……「くきこけか」?「くきこかけ」?「きくこけか」?「きくこかけ」?……どれだっけ^^;

という感じで延々と悩む事が多発してしまい、どうにもなりませんでした。
 もともと「どんなもん打」に組み込んでいたときには「(見ながらだから)特殊な練習順序でも大丈夫だな」と当たりを付けていたのですが、こういった画面ガイドがない状態では結構迷ってしまうようで……。
 「できる人もいるし、できない人もいる」の典型例だったようで、結局かえで式では打ちやすさの部分は無視して「すでにある知識を使う」ことにしました。

行と列が「すでにある知識を使う」ことになったので

 結局は50音順になってしまった……と、そういう感じですな。

頻度順に練習する意味はないのか、という疑問

 これはいまだに残っているのですが、現時点では

「50音順練習であたりをつける」

「頻度順練習で配列の仕掛けを利用した練習をする」

とするのが良いのではないかな……と、そう感じています。
 幸い、新配列系は入力方式にかかわらず頻度順練習が有効に作用するようですし、もともと50音順学習には「実績と実用性」があるので、そう極端な悪影響を及ぼす恐れはないだろうと思います。

シャドータイピングと50音順の相性について

 これは「問題ない」とかいう消極的な話ではなく、率直に「相性がいい」と思います。
 シャドータイピングは「キーの絶対的位置を非常にあいまいに、相対的位置をとても鮮明に記憶する」癖があるようで、「目視による情報の瞬間的な遮断」が、その特性を決定付けているように思います。
 この場合、初期学習において特殊な文字順序で学習しようとすると「せっかく目視情報を削っているのに、特殊な文字順序をたどるという余計な思考が必要になる」ので、学習者と配列の両方に左右されない汎用性を確保する「ぬるい学習方法」を目的とするかえで式においては、これはできれば避けたいところです。
 50音順は非常に広い範囲の日本語話者が「自然に順序を思い出せるように教育されている」ので、これをそのまま流用しつつシャドータイピングをすることによって「キーの相対位置のみに注視し、ほかは一切余計なことに惑わされず練習できる」環境を、非常に高い再現性を伴って実現できる可能性があります。
 職業病ともいうべきかどうかは不明なものの、私にとって「再現性の高さ確保・安定性の高さ確保・標準外作業の排除」あたりは永遠のテーマになっている気がするのですが、この理屈で行くと「シャドータイピング+50音順」の組み合わせは「ぴったりフィット!にかなり近い」かも……とニラんでいます。

現状での問題点

 ……これは間違いなく「タッチタイプソフトとの相性が極端に悪い」ことでしょうね。
 シャドータイピングの利点である「絶対位置に関する記憶のあいまいさ/絶対位置の記憶を強要しないこと」を真っ先に殺してしまうのがタッチタイプソフトなので、初期学習において組み合わせてはダメだと思います。
 かえで式をデジタル化するにちょうどいい方法が、なにかPDF以外にもあればいいのですが……まだ考えはつきません。

ここまでくると

 「かえで式」という名称が「直感的ではない」点が気にかかります。
 KISSの原則に従えば、すでにこれは「シャドータイピング50音順式(シャドー50音式)」に違いないわけで……。
 今の名前は仮名であって、そろそろ現在の実情に即した名称への変更を行うべきなのかも。