ケータイの即時性や利便性に勝てない日本語入力法は、今後はケータイ世代から見放される……のかもしれない。

 ここで「ケータイ世代」というのは、始めて初めて自分で所有することになった(ゲーム機のようなものを除く)情報端末がケータイだ、という世代のことを指すことにします。
 20歳代かそれ以上ですと、始めて初めて触ったものがマイコンであったり、ポケコンであったり、ワープロであったり、パソコンあったり……とさまざまだと思いますが、すくなくとも「平成生まれ」の方にとって、もっともはじめに触り、そして将来にわたって「始めて初めて触った情報端末」として印象に残り続けるであろう端末は、ケータイになるであろうと思います。


 ケータイというのは「とても小さな通信通話機能つきポータブルワープロ」としての側面を持っていて、「紙に印刷する代わりにメールを送信」という類のメディア的な差異を除くと、基本的には「昔ワープロを作っていたメーカーが、その延長線上でケータイを作っている」と考えても、さほど違和感のない代物だったりします。
 そのため、とりあえずはワープロとケータイを比較するのが、もっともやりやすいのかもしれません。


 ワープロとケータイのとても大きな違いは、可搬性と使い勝手のバランス感覚が違うことにあります。
 ワープロでは、どうしても「紙にプリントする」ことが最終的な成果であったためか、「文章を見渡しやすいサイズの画面」が必要でしたし(小型機はそれなりにしか売れなかった記憶が)、キーボードについてもJISキーボードや親指シフトキーボードなどのような「大きいキーボード」がついていました。
 ところがケータイでは、「可搬性があり、即時性があり、紙に縛られない」ことが重要なポイントであり、画面は本体サイズや重量の制限から小さく抑えられ、キーボードについてもデバイスサイズに見合う形として「プッシュホン電話機のボタンインターフェース」を継承してきました。
 小さなワープロがあまり売れなかったり、大きなケータイがあまり売れなかったりするのは、どちらがよいか悪いかという問題ではなくて、単に「需要の違い」によるものとみなすほうが自然そうです。


 さて、平成生まれのかたがたは、いま情報端末として「生まれて始めて初めて触るものがケータイ」という時代に生きています。

  • 画面は【小さくても】当たり前、6インチなんてあっても持ち運べないし!
  • 文字入力は【かなめくり方式】で当たり前、片手でいつでも使えるから楽じゃん!

 こういう状態があたりまえになっている方々にとって、据え置きやノートタイプで「でかくて邪魔&すぐには使えない」パソコンのような代物は、そのうち「所詮は補助的な役割にしか使えない代物」とか「使い方を覚えないと使えないような、家電のフリをした欠陥品」とみなされる時代が来ると思っています。
 そういう時代が来たときに、パソコンが「ケータイでは実現不可能なことをできる情報端末」として生き残るためには、案外と根本的なところで「キーボードをつかった入力法の絡み」が重要になってくるのではないかな……と考えています。


 実際、ケータイの文字入力というのは、慣れてしまうと「でかいキーボードを持ち歩く必要がなく、かつ片手で操作でき、おまけに操作方法を覚える必要性がほとんどない」という、大きなメリットを持っています。
 このメリットは、たとえばパソコンでローマ字入力が普及したような「互換性問題や過去の技術が絡んで、自動的に選択肢が1つに決まってしまった」レベルの話ではなくて、純粋に「即時性を重視した場合の使いやすさが発揮されたから」という、ユーザビリティ的にぴたりとはまる理由によるものと感じています。
 こういう「可搬性という名の優位性」に対して、パソコンにおける普通の入力方式でなんとか対応(対抗?)しよう……というのは、さすがに無理があるのではないかと思い始めています。


 仮に打鍵数ベースでとらえると、「両手で使うしかないローマ字入力」と「ケータイで使える片手用入力法」の差は、(かりに標準的なかなめくり入力と対比させれば)22%程度です。しかも、ケータイでも高効率寄りの入力法(入力ガイドをつけたかえで携帯配列など)であれば15%に縮まりますし、ケータイの予測変換は「(マルチカーソルキーが物理的に近い)ケータイで使うほうが効率がよい」ので、さらに差が縮まってしまいます。事実上、【慣れているほうが便利で、なれていないほうは不便】という結論しか出ない程度の、わずかの差しかないというのが実情です。
 私あたりが見る限りでは「うーん……まだローマ字入力のほうがいいかも」と思うわけですが、これは「ローマ字入力を先に経験したから」そう思い込んでいるだけであって、ケータイから先に入った方から見れば真逆の答えが出てくる可能性は、十分にあるだろうと思っています。
 この手の感覚は「ジェネレーションギャップ」という形で現れるはずなので、私とかがそう簡単にとららえるのは難しいだろうと思ってはいますが、今のケータイの使われ方を見る限り、そういう時代は確実に来るでしょう。


 片手入力で用が済んで、運指範囲が1本指入力できるほどに狭く、ローマ字入力に対してさほど効率も悪くなく、(電池の残量があれば)どこでも使うことができて……と、こういう特性を持つ「ケータイ」というデバイスに慣れ親しんだ方に対して、パソコンにおける鍵盤が「確実に優位だと言える*1あえてケータイと使い分けてもらえる」ようにするためには、相当のメリットがないと「完全に無視されて終了〜」ということになりかねないはずです。
 いまケータイに慣れ親しんでいる世代が、「ケータイを脇に置いてでも使いたくなる」ぐらいに魅力ある日本語入力法を提案していくことは、今後どうしても必要になっていくのかもしれないな……と感じています。


 どんな入力法が今後選ばれていくのかは、私にはまったくわかりません。
 しかし、世代交代は絶対にとまることはないので、これだけは確実に言えます。

  • 親指シフトは利用者層の高齢化に伴い、確実に過去の遺物になります。そして、それを次の世代が使ってくれるかどうかは、私にはわからないのです。
  • JISかな入力は利用者層の高齢化に伴い、確実に過去の遺物になります。そして、それを次の世代が使ってくれるかどうかは、私にはわからないのです。
  • JIS X 4063ローマ字入力は利用者層の高齢化に伴い、確実に過去の遺物になります。そして、それを次の世代が使ってくれるかどうかは、私にはわからないのです。
  • そのほかの入力法も分け隔てなく、利用者層の高齢化に伴い、確実に過去の遺物になります。そして、それを次の世代が使ってくれるかどうかは、私にはわからないのです。

 どんな入力法でも、「世代交代の波」に抗うことはできないのです。
 それがどれほど現状で普及していようが、まったく関係はありませんし、そうなることは四半世紀の時が自ら証明しています。


 機械式タイプライタ時代から「けん盤配列が一般層に普及できる素地があった」言語圏ならばいざ知らず、日本では鍵盤配列が広く使われるようになってから、まだ四半世紀しか経っていません。
 しかも、四半世紀たった現在、最も多く使われている鍵盤配列は「ケータイのボタンインターフェース」だったりすることもあり、パソコン用の日本語入力法に関しては「次の世代で何が流行るか、まったく見当がつかない」状態に近いものがあるのかもしれません。
 どんな入力法が「次の世代」に選ばれていくのかはわかりませんが、このあたりについては今後もじっくり追いかけていきたいですね。

*1:「計算上は有利である」ことが重要なのならば、当たり前ですが速記系や漢直系を使うのがもっとも有利なはずです。しかも、実際には習得のしやすさなどが絡んできてしまうので、結局のところは「優位かどうか」というのはあまり意味のない話だと思います。それに、人は「優位かどうか」よりも「自分に合うかどうか」を基準にして決めるほうが、往々に多かったりしますし。